2016-5-26

シナリオ:
あなたの姉は頭痛持ちでしょっちゅうロキソニン(NSAIDS)を飲んでいる.先月,その姉の妊娠がわかった.姉はロキソニンの服用で奇形や流産が増えないか医学部にいるあなたに聞いてきた.

臨床疑問定式化

  • NSAIDSの副作用についての疑問である.
    • (P)atients: 妊婦が,
    • (E)xposure: NSAIDSを服用すれば,
    • (C)omparison: NSAIDSを服用しない場合に比べて,
    • (O)utcome: どれくらい先天奇形や流産が増えるか?
  • このPECOから,キーワード流産・先天奇形とNSAIDSを使って検索することにした.

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内容

NSAIDS服用による先天奇形・低出生体重・早産発生に関するコホート研究

NSAIDS服用による流産発生に関する症例対照研究

NSAIDS服用と妊娠合併症の関連の定量化

エビデンスの臨床応用

この研究の概略

  • デンマーク北ユトランド郡(人口49万)住民の3つのデータベースを用いた研究
    • 処方箋登録(データベース)
      • 1991年以降の全処方箋データが登録
    • 出生登録(データベース)
      • 1973年以降全出産データベースが登録
    • 病院の退院登録(データベース)
      • 1977年以降デンマークの病院からの退院の99.4%を登録
  • 国民ID(personal identifier)を使って,この3つのデータベースを統合した研究

この研究のチェックポイント☑

① 明確に定義された代表的な患者サンプルか;症状経過の共通時点で集められているか.

② 患者の追跡は十分に長く,脱落は十分に少ないか.



③ アウトカムの測定方法(評価)は妥当か.

④ いくつかの群を比較する場合は,予後因子を調整しているか.

①サンプル収集の問題   ➡  YES

  • 明確な診断法(この論文では妊娠)を用いているか.
    • 出生登録:妊娠の定義は書いていないが,分娩(出産・死産)の評価は間違えようがないはず.
    • 退院登録:流産はともかく,先天奇形の評価にはばらつきが生じそう.事実,先天性股関節脱臼と停留精巣については,診断の妥当性が低いため,妊娠合併症から除外されている.
      • 267ページ,左段,2パラグラフ目,下から3行目:"Diagnosis of congenital dislocation of the hip and undescended testis were excluded because of their low validity."
  • 分娩に至った症例(出生登録)のみを対象とした.

①サンプル収集の問題(続き)  

  • その疾患の代表的な患者か. ➡  YES
    • 266ページ,右段,Registries節:"The Danish birth registry, which comprises data collected by midwives and doctors attending deliveries, contains information on all births in Denmark since 1973."
  • 北ユトランド郡の一般集団の妊婦全員が対象なので,代表性に問題なさそう.
  • 疾患の経過の一定の時点で集められているか. ➡  YES
    • 妊娠した女性は出生登録を通じてすべて包含されている.登録は出産時点で統一されている.
    • 出産に立ち会った助産師や医師により集められた情報.

②追跡の問題

  • 追跡は十分長いか ➡  YES
    • 少なくとも妊娠28週まで追跡.
    • 267ページ,左段,Cohort analysis,上から3行目:"in a cohort of women who had a live birth or a stillbirth after the 28th week of gestation."
  • 脱落は十分に少ないか ➡  YES
    • 分娩に至った妊婦全員が登録されているので,脱落はほぼないと考えられる.

③アウトカムの評価は妥当か  ➡  YES

  • 先天奇形,低出生体重(< 2500 g),早産(< 37 w)
    • 低出生体重と早産は比較的に客観的な指標なので,適切に評価されたと思われる.
    • 先天奇形の診断が適切かどうかはこの論文だけではわからない.
      • 先天性股関節脱臼の例を見ても,個々の先天奇形の診断が100%適切に行われたと考えにくい.
      • 269ページ,左段,15行目: "… we found that more than 80% of patients coded as having a congenital abnormality in the regional hospital discharge registry were correctly coded." より,評価はまぁまぁ適切と考えられる.

④予後因子の調節

  • 2群間でアウトカム発生率を比較する時は,出発点の2群が等しくなるように統計学的に調節する必要がある. ➡  △
    • NSAIDS投与群と非投与群の間でアウトカムを比較する際に,母親の年齢・出生順(何番目の子供か)・母親の喫煙について2群が等しくなるよう調整している.
    • 267ページ,右段,Statistical analysisの節の最上段:"We performed logistic regression analyses to estimate the risk of congenital abnormality, low birth weight, and preterm birth associated with non-steroidal anti-inflammatory drugs, adjusted for maternal age, birth order, and smoking status."
  • しかし…

予後因子の調節(続き)

  • 非曝露群は曝露群とそもそも同等ではない.
    • 曝露群\(=\)NSAIDSを投与された妊婦.
    • 非曝露群\(=\)何の薬も処方されていない妊婦
      • 本来は,「NSAIDSを投与されていない妊婦」とすべき
      • NSAIDS以外の服用歴のある妊婦は非曝露群に含まれていない(P267,左段,下から3行目)
      • 何の薬の処方も受けない妊婦は,何らかの処方を受けた妊婦より健康状態が良いはず→妊娠出産の合併症が少ないと思われる.
      • この論文には,曝露群と非曝露群の年齢・妊娠回数など両者の健康状態を比較できるデータが示されていないため,結論を出せない.

チェックポイントのまとめ

① サンプルの診断,病期,代表性.  ➡  YES

② 追跡の長さ,脱落の少なさ.  ➡  YES

③ アウトカムの測定方法(評価)は妥当か.  ➡  YES

④ 群間比較では予後因子を調整しているか.  ➡  △

曝露群と非曝露群の同等性に疑問符がつく

NSAIDS服用と妊娠合併症の関連の定量化

  • コホート研究なので,リスク差・リスク比・オッズ比のどれでも表せる.
  • ここではロジスティックス回帰分析という解析を行ったため,オッズ比が使われている.
    • Crude OR:粗オッズ比
      • 予後因子による調節を行わず,単にNSAIDS投与とアウトカムの関連を調べたオッズ比
    • Adjusted OR:調整オッズ比
      • 予後因子による調節を行ったOR

NSAIDS服用と妊娠合併症の関連の定量化(続き)

  • この定量化には誤差があるため
    • 1つの数値は不正確
    • 95%信頼区間(95% Confidence Interval)も付けて結果を表す
  • オッズ比の95%信頼区間が1を含むと,本当に関連があったとは言い切れなくなる.(Table 2)
    • 先天奇形: adjusted OR \(=\) 1.27 (0.93-1.75)
    • 低出生体重: adjusted OR \(=\) 0.79 (0.45-1.38)
    • 早産: adjusted OR \(=\) 1.05 (0.80-1.39)

      すべて1を含むので,本当に関連があったとは言えない➡関連がなさそう

同じ論文では,流産をアウトカムとした研究は症例対照研究

症例対照研究のチェックポイント

① 症例群と対照群は同じ集団からのサンプルと見なせるか

② 副作用は明確に定義されており,その評価は曝露群と非曝露群で均等に行われたか.

③ 治療(要因)への曝露は明確に定義されており,その評価は症例群と対照群に均等に行われたか.

④ 症例群と対照群との間で予後因子を調整しているか.

⑤ 以下の「因果関係の基準」を満たしているか.

  • 曝露が結果の発生に先行しているか.
  • 用量反応関係があるか.
  • 生物学的に説明がつくか.

①対照群のとり方

  • 症例群と対照群は同じ集団からのサンプルと見なせるか?
    • NO
    • アウトカム \(=\) 流産を起こさなかった妊婦のランダムサンプリングではなく,初産で出産できた妊婦を対照群にしている.
      • 症例 \(=\) 初めて流産した妊婦(初めての流産は,妊娠の2回目や3回目かもしれない)
  • 正しくは,「症例 \(=\) すべての流産した妊婦 vs. 対照 \(=\) すべての正常出産した妊婦」または,「症例 \(=\) 初産で流産した妊婦 vs. 対照 \(=\) 初産で正常出産した妊婦」であるべきだった.

②副作用の評価

  • 副作用 \(=\) 流産はきちんと定義されていたか?
    • 流産の定義はICD8の基準にもとづく
    • 流産の診断にばらつきはなさそう
    • あくまで入院した妊婦の記録のみがあり,流産したが入院しなかった妊婦の記録はない.
  • 副作用 \(=\) 流産の評価は曝露群と非暴露群で均等に行われたか?  ➡  YES
    • 流産を診断する医師・助産師は妊婦がNSAIDSを服用していたかどうかに関わらず,同等に流産を診断したと思われる.

③治療への曝露の評価

  • 治療への曝露\(=\)NSAIDS投与は明確に定義されているか.  ➡  YES
    • イブプロフェン400 mg以上に相当するNSAIDSの処方と定義されている.
      • それ以外のNSAIDSは処方箋なしでも薬局で買えるので,その曝露については調べていない.
    • 妊娠初期(最初の三ヶ月)でのNSAIDS投与のみを考慮
  • 治療への曝露の評価は症例群と対照群で均等か.  ➡  YES
    • アウトカム \(=\) 流産の情報は退院登録から,NSAIDSへの曝露情報は処方箋登録から得ているが,両者は独立にデータ取得されている.
    • 流産の有無とは独立にNSAIDSへの曝露は評価されている.

③治療への曝露の評価(続き)

  • 処方箋登録データが正しくNSAIDSの処方を反映しているかを46人分のデータを用いて知らべている.
    • 病院やクリニックの記録と照合
    • 266ページ,右段,Outcome dataの節から上4行:"We validated data on the use of NSAIDS by verifying prescriptions in general partitioners' and hospital records of a randomly selected subset of 46 pregnant women"
    • 結果は268ページ,右段,Validation of non-steroidal anti-inflammatory drug useの節
      • 両者を照合した結果,71%は一致していた.
      • NSAIDS処方については処方箋登録データはまぁまぁ正しい.

③治療への曝露の評価(続き)

  • NSAIDS処方については適切に評価されているがコンプライアンスについては不明である.
    • 269ページ,左段,2パラグラフ目
    • NSAIDSは頓服されるので,実際にどれぐらい服用されたかは重要な情報である.
    • 処方箋登録データに基づく本研究では評価されていない.

④予後因子の調節

  • NO
  • いつNSAIDSを処方されたか("Time from taking up prescriptions for NSAIDS"),
     と妊婦の年齢の2因子しか調整に使われていない.
  • 流産に影響する予後因子はもっとたくさんあるはず.それらににいて調整してない.
    • 妊娠回数
    • これまでに出産した児数
    • 社会経済的状況(年収)
    • 生活習慣(喫煙,飲酒など)

チェックポイントのまとめ

① 対照群のとり方  ➡  NO

② 副作用の評価  ➡  ほぼYES

③ 治療への曝露の評価  ➡  YES

④ 群間比較では予後因子を調整しているか.  ➡  NO

あんまり質の高い症例対照研究ではない

NSAIDS服用と流産の関連の定量化

エビデンスの臨床応用

その結果を姉に応用する

  • NSAIDS服用は先天奇形・低出生体重・早産とは関連しなさそうであったが,流産については関連が示された.
    • しかし,流産に関する研究の質は高くないので,確実とは言えない.
  • そこで,あなたは流産についてより質の高い研究がないか探すことにし,とりあえずのところ姉には「流産が起るかもしれないから,NSAIDS服用を控えた方が良い」と説明した.
  • また,NSAIDS服用は単なる対症療法なので,頭痛が何であるか神経内科で診断を受けることをすすめた.