感情ルールの男女差とその変容

Author

太郎丸 博

問題:感情ルールの男女差の変容

どのような場でどのような感情を表出すべき/すべきでないかは、社会規範によって統制されており、文化によっても異なる (Ekman and Friesen 1969; Hochschild 1979) 。このような規範を感情ルールと呼ぶならば、感情ルールの強弱は男女で異なっており、男性に比べると、女性には喜びや驚き、他者への共感を表出することが強く求められるが、怒りや軽蔑といった攻撃的な感情の表出は抑制されることが求められがちである。逆に男性には恐怖や不安といった弱さとつながる感情の抑制が女性よりも求められるという (Safdar et al. 2009)。こういった感情ルールは、時代によっても変化すると考えられる。近年、自分らしく生きる、自分自身を抑圧せずに表現することを尊重するような価値観が強まってきているという (Inglehart 1997; Inglehart and Baker 2000)。このような価値観は自己表出主義とも言われる。「男だから、女だから」、といった感情表出のダブルスタンダードは、自由な自己表出の障害となるので、ジェンダー平等主義は自己表出主義の一部と考えられる (Inglehart, Norris, and Welzel 2002)。それゆえ、自己表出主義が強まっているとすれば、上記のような感情ルールの 男女差も小さくなっているはずである。しかし、「空気を読む」という語が現代日本では生き続けており、場の秩序への強い同町圧力が働くとされている (鴻上 2019)。それならば感情ルールも、そのダブルスタンダードも20年前と大差ないはずである。

本稿では、Safdar et al. (2009) の日本における学生調査の結果と、われわれの学生調査の結果を比較し、現代日本の感情ルールと、そのダブルスタンダードがどのように変化したのか考えていく。

2000年代学生調査

以下は、Safdar et al. (2009) の分析結果を概説する。調査実施日は明示されていないが、この調査で用いられた質問項目が完成した 2003年7月7日から(質問項目のファイルをもらったの最終更新日がわかる)この論文が投稿された 2008年5月5日の間である。執筆者たちの専門である心理学の慣例(データはすぐ分析して出版する)を鑑みると、2006~2008年ごろと思われる(が確認していない)。

カナダ、米国、日本の三カ国の学生の比較研究である。日本の調査対象者は東京、名古屋、京都、奈良、市川の大学生であり、有効サンプルサイズは 380 である。女性比は53%、平均年齢は 19.9歳。従属変数は Display Rules Assessment Inventory (DRAI) であり、どれぐらい感情を表出すべきか、を示す規範意識の強さを示す。値が大きいほど表出すべき、という考えが強い、と考えられる。 この研究はカナダ、米国、日本の三カ国の文化を比較するのが目的であるが、男女の DRAI の差の大きさは、これら3か国の間に有意な差が出ていない。そのため日本だけの男女別の平均値が示されていない。三カ国に共通の傾向として、anger, contempt, disgust (否定的な強い感情とされている)は男性の方が表出すべきと考える傾向が強く、happiness, fear, sadness (happiness 以外は弱い否定的感情とされる)は女性のほうが表出すべきと考える傾向が強い。surprise に関しては有意差がなかった。こういった男女の差の大きさは、一緒にいる相手によっても異なる。女性が男性より happiness, fear, sadness を表出すべきと考えるのは、特に親しい人(親きょうだい、友人)に対しての場合であり、男性が女性よりも anger, contempt, disgust を表出すべきと考えるのは、特に疎遠な人(大学の先生)に対しての場合であった。

図1 日米カナダの学生の DRAI 平均値 (Safdar et al. 2009 の Figure 5 より作成)

自己表出主義が浸透しているなら、こういった男女差は消滅するか、非常に小さくなっていると考えられる。

データ

データは京都大学文学部の社会学演習という授業で収集された。対象は大学生(大学院生、研究生等を含む)、調査時期は、2025-10-08~2025-11-06 で受講学生の友人・知人が主で、加えて太郎丸が授業や SNS、メーリングリスト等で調査依頼を拡散した。有効サンプルサイズは 286 であった。有効サンプルの属性の記述統計は表1の通り。なお、今回は男女の比較が主な目的なので、性別がその他の回答者は分析から除外した。

表1 回答者の属性(これ以下では性別その他は除外)
Characteristic N = 2861
性別
    女性 142 (50%)
    男性 140 (49%)
    その他 3 (1.1%)
    Unknown 1
年齢 20.91 (18.00, 31.00)
学年等
    1, 2年生 144 (50%)
    3, 4年生 109 (38%)
    研究生、聴講生など 2 (0.7%)
    大学院生 31 (11%)
大学
    京都大学 141 (52%)
    法政大学 24 (8.8%)
    東北学院大学 20 (7.3%)
    吉備国際大学 14 (5.1%)
    東京大学 11 (4.0%)
    その他 63 (23%)
    Unknown 13
日本以外生まれ 14 (4.9%)
誕生月
    1月、5月、または、9月のいずれか 67 (23%)
    2月、6月、または、10月のいずれか 67 (23%)
    3月、7月、または、11月のいずれか 65 (23%)
    4月、8月、または、12月のいずれか 87 (30%)
1 n (%); Mean (Min, Max)

実験計画

従属変数は DRAI である。DRAI の日本語版は Dr. David Matsumoto から提供を受けた。これに若干の改変を加えて以下のような質問をしている。

以下のような状況で以下のような感情が湧いてきたとき、あなたはそれをどのように表現したり隠したりすべきだと思いますか。以下の選択肢の中から、あなたの考えに最も近いもの選んでください。

  1. 誇張: その(感情)を感じた以上に表現する 
  2. 素直:その(感情)を感じたまま表現する
  3. 抑制:その(感情)を感じたよりも控えて表現する
  4. 秘匿:なにも表現しない
  5. 笑顔:感情をほほえみと一緒に表現する
  6. 偽装:微笑みで感情を覆い隠す

状況があなたに当てはまらない場合は、「もしもそういう状況になったら」、「もしもそういう相手がいたら」と想像して答えてください。

以下がヴィネットの例。

  • A1 自宅で一人でいるときに あなたが以下の感情を感じたら、どうすべきだと思いますか? [怒り]
  • A3 学食であなたが親しい同級生(女)に対して以下の感情を感じたら、どうすべきだと思いますか? [喜び]
  • A8 アルバイト中にあなたがお客(男)に対して以下の感情を感じたら、どうすべきだと思いますか? [悲しみ]

ヴィネットは相手/状況、相手の性別、感じた感情、の 3つの因子からなる。相手/状況は以下の 11 水準。

  1. 自宅で一人でいるとき
  2. 学食で一人でいるとき
  3. レストランで母親/父親に対して
  4. 学食で親しい同級生に対して
  5. 学食で初対面の同級生に対して
  6. 学食で大学の先生に対して
  7. 大学で事務職員に対して
  8. アルバイト中に上司に対して
  9. アルバイト中にお客に対して
  10. 親戚の結婚式でほかの参加者に対して
  11. 親戚の葬式でほかの参加者に対して

相手の性別は、男/女/独り(自宅で一人、学食で一人の場合)の三水準、感じた感情は以下の 6 水準。

  1. 喜び
  2. 驚き
  3. 怒り
  4. 軽蔑
  5. 恐怖
  6. 悲しみ

ヴィネットは 4つのセットに分けれられ、回答者は、表1 の誕生月のグループによって 4つのヴィネットセットのうちのいずれかに割り当てられる。割り当て=誕生月と、性別、年齢、学年、出生国との関連を見てみると、性別だけ 1% 水準で有意な関連があった(独立性のカイ二乗検定、年齢のみ平均値の差の検定)。4, 8, 12月生まれ群で女性比が高く、1, 5, 9月生まれ群で低い。これまで誕生月と性別の関連を何度か検定してきたが、こんなことは初めてである。

以下は、ロングデータにおける DRAI に対する回答の分布。

表2 感情の種類、状況と表出の仕方(ロングデータ)
Characteristic 誇張
N = 3961
素直
N = 2,1381
笑顔
N = 3541
抑制
N = 1,8051
偽装
N = 6601
秘匿
N = 1,9391
合計 (N)2
emotion






    喜び 218 (17%) 623 (50%) 122 (9.7%) 174 (14%) 15 (1.2%) 100 (8.0%) 1,252
    驚き 106 (8.9%) 543 (46%) 44 (3.7%) 275 (23%) 46 (3.9%) 176 (15%) 1,190
    軽蔑 12 (1.0%) 185 (16%) 57 (4.8%) 259 (22%) 174 (15%) 493 (42%) 1,180
    怒り 13 (1.0%) 227 (18%) 49 (3.9%) 421 (34%) 163 (13%) 373 (30%) 1,246
    悲しみ 26 (2.2%) 306 (26%) 46 (3.9%) 333 (28%) 110 (9.3%) 358 (30%) 1,179
    恐怖 21 (1.7%) 254 (20%) 36 (2.9%) 343 (28%) 152 (12%) 439 (35%) 1,245
situation






    自宅 33 (8.4%) 300 (77%) 2 (0.5%) 30 (7.7%) 1 (0.3%) 25 (6.4%) 391
    学食独 3 (0.7%) 61 (14%) 9 (2.0%) 133 (30%) 13 (2.9%) 230 (51%) 449
    親 41 (4.9%) 407 (49%) 25 (3.0%) 224 (27%) 36 (4.3%) 105 (13%) 838
    親友 83 (9.9%) 375 (45%) 33 (3.9%) 164 (20%) 64 (7.6%) 118 (14%) 837
    初対面 52 (6.2%) 213 (25%) 51 (6.1%) 184 (22%) 103 (12%) 234 (28%) 837
    先生 28 (3.3%) 206 (25%) 34 (4.1%) 219 (26%) 77 (9.2%) 273 (33%) 837
    事務員 30 (3.6%) 178 (21%) 41 (4.9%) 262 (31%) 67 (8.0%) 262 (31%) 840
    上司 51 (6.1%) 197 (23%) 46 (5.5%) 237 (28%) 79 (9.4%) 230 (27%) 840
    客 48 (5.7%) 103 (12%) 80 (9.5%) 192 (23%) 172 (21%) 243 (29%) 838
    葬式 2 (1.0%) 31 (16%) 6 (3.1%) 62 (32%) 2 (1.0%) 91 (47%) 194
    結婚式 25 (6.4%) 67 (17%) 27 (6.9%) 98 (25%) 46 (12%) 128 (33%) 391
1 n (%)
2 N

以下では Safdar et al. (2009) に倣い、自宅、学食で一人は除外し、親と親しい同級生を close、初対面の同級生を medium、先生、事務員、アルバイト先の上司、アルバイト先の客、葬式、結婚式の他の参加者を distal と分類して(この変数を target と呼ぶ)分析を進める。

分析法

データは、回答者の下に各ヴィネットがネストする構造なので、ロングデータに変換した後、図1 の Safdar et al. (2009) と同じ計算をして結果を比較する。 DRAI は、Safdar et al. (2009) と同様に Matsumoto et al. (2005) の値(対応分析の第一軸の座標)を用いるが、数値が小さくなりすぎるので、値を一律に 10倍し、誇張 Amplify = 5.651, 素直 Express 3.842, 笑顔 Qualify emotion 1.218, 抑制 Deamplify = \(–1.545\), 偽装 Mask = \(–3.828\), 秘匿 Neutralize = \(–5.338\) として、感情表出尺度を作る。

ランダム切片モデルで、回答者の性別 \(\times\) target \(\times\) 感情の種類、の交互作用を推定した。

分析結果

分析結果は以下の通り。

Analysis of Deviance Table (Type III Wald F tests with Kenward-Roger df)

Response: express.scale
                          F Df Df.res    Pr(>F)    
(Intercept)         26.5013  1  329.2 4.540e-07 ***
I(age - 21)          0.0148  1  277.8    0.9033    
sex                  0.0002  1  329.3    0.9878    
target             392.9001  2 6145.3 < 2.2e-16 ***
emotion            382.8819  5 6167.0 < 2.2e-16 ***
sex:target           0.9887  2 6145.3    0.3721    
sex:emotion          1.2588  5 6166.9    0.2788    
target:emotion       4.5806 10 6168.4 1.648e-06 ***
sex:target:emotion   0.6390 10 6168.3    0.7815    
---
Signif. codes:  0 '***' 0.001 '**' 0.01 '*' 0.05 '.' 0.1 ' ' 1

図2 感情表出尺度の平均値(マルチレベルモデルで推定)

回答者の性別の主効果は有意ではなく、性別と target、性別と感情の種類の交互作用、回答者の性別 \(\times\) target \(\times\) 感情の種類、の交互作用のいずれも有意ではない。総じて、このサンプルからは男女に何らかの違いがあるとは言えない。男女差が有意にならないのは Safdar et al. (2009) に比べてサンプルサイズが小さいからという可能性もあるので、Safdar et al. (2009) と我々のサンプルに関して、感情表出尺度の男女差(男性 \(-\) 女性)を計算してみた。Safdar et al. (2009) の値も感情表出尺度も私たちに合わせて 10倍し、比較できるようにしている。

図3 男女差の比較 (●; 我々のデータ vs ×: Safdar, et al. (2009) のデータ)

図3 の \(\times\)Safdar et al. (2009) の男女差、塗りつぶした〇は今回のデータからの男女差の推定値で、こちらは 95% 信頼区間がついている。確かに今回のデータでは Safdar et al. (2009) のような傾向はみられないし、男女の有意差もないのだが、今回のデータの 95% 信頼区間に、Safdar et al. (2009) のデータの男女差がほぼ収まっている。例外は、close の悲しみと恐怖だが、Safdar et al. (2009) にも実際には多少の標準誤差があるので(どのぐらいかは不明) 1 、それを加味すれば close の悲しみと恐怖も有意差が出ない可能性がある。だとすれば、今回のデータだけから現代日本の大学生に関して、感情規則に男女差があるとは言えないが、その男女差の大きさは Safdar et al. (2009) と有意に異なるわけではないので、20年前から変化があった、とも言い切れない、ということである。

このような分かりにくい結果が出た原因は、Safdar et al. (2009) においても、男女差は有意ではあるが、それほど大きなものではないということである。感情表出尺度のレンジは、11.0 だが、男女差の絶対値は単純平均で 0.5、最大でも 1.4 である。わずかな差と私は思う。それゆえ、男女差は 20年前の日本、米国、カナダの学生の間に存在したのかもしれないが、それほど大きなものではなかった、そのためにサンプルサイズが比較的小さい今回のデータでは有意差が出なかった、と私は解釈する。

References

Ekman, Paul, and Wallace V. Friesen. 1969. “The Repertoire of Nonverbal Behavior: Categories, Origins, Usage, and Coding,” Semiotica, 1 (1): 49–98. https://doi.org/10.1515/semi.1969.1.1.49.
Hochschild, Arlie Russell. 1979. “Emotion Work, Feeling Rules, and Social Structure.” American Journal of Sociology 85 (3): 551–75.
Inglehart, Ronald. 1997. Modernization and Postmodernization: Cultural, Economic, and Political Change in 43 Societies. Princetion: Princeton University Press. http://amazon.co.jp/o/ASIN/069101180X/.
Inglehart, Ronald, and Wayne E. Baker. 2000. “Modernization, Cultural Change, and the Persistence of Traditional Values.” American Sociological Review 65 (1): 19–51. http://www.jstor.org/stable/2657288.
Inglehart, Ronald, Pippa Norris, and Christian Welzel. 2002. “Gender Equality and Democracy.” Comparative Sociology 1 (3-4): 321–45. http://dx.doi.org/10.1163/156913302100418628.
Matsumoto, David, Seung Hee Yoo, Satoko Hirayama, and Galina Petrova. 2005. “Development and Validation of a Measure of Display Rule Knowledge: The Display Rule Assessment Inventory.” Emotion 5 (1): 23.
Safdar, Saba, Wolfgang Friedlmeier, David Matsumoto, Seung Hee Yoo, Catherine T. Kwantes, Hisako Kakai, and Eri Shigemasu. 2009. “Variations of Emotional Display Rules Within and Across Cultures: A Comparison Between Canada, USA, and Japan.” Canadian Journal of Behavioural Science 41 (1): 1–10.
鴻上尚史. 2019. 「空気」を読んでも従わない : 生き苦しさからラクになる. 岩波ジュニア新書 ; 893. スマホ・読上. Vol. 893. Maruzen eBook Library 岩波書店サブスクリプションPlus. 東京: 岩波書店. https://elib.maruzen.co.jp/elib/html/BookDetail/Id/3000101383.

Footnotes

  1. Safdar et al. (2009) のサンプルサイズは、1033 なので、われわれのデータの\(1033/286=3.6\)倍である。諸変数の分散共分散行列の値が二つのデータで同じと仮定すれば、\(1/\sqrt{3.6} = 53\)%程度、信頼区間が短い、と概算できる。かなり乱暴だが、大きくは外していないと思う。↩︎