科学の政治化研究から陰謀論研究へ

太郎丸 博

『学問は信頼されていないのか』 出版!

cover page

1 この本の問題意識

科学の政治化とは?

  • 特定の政治的党派と科学との対立のこと
  • 例:ルイセンコ論争 (Merriman and Winter 2006) やマッカーシズム (黒川 1994)、日本戦時中のマルクス主義弾圧

米国における科学の政治化

  • 1980年代、レーガン政権の頃から共和党政権下では科学関連の予算が削減 (Union of Concerned Scientists 2004)
  • 第二次トランプ政権下では、
    • DEI(多様性・公平性・包摂)、LGBTQ+、ワクチンの安全性に関する研究への資金提供が激減 (Kozlov and Ryan 2025)
    • 気候科学者や公衆衛生の専門家の解雇、ハーバード大、コロンビア大に対し、パレスチナ抗議活動への学生の処分や、DEIプログラムの廃止を要求 (Binkley and Offenhartz 2025)
    • 特定の国からの学生へのビザ発給制限
  • 米国研究者の75%が国外移住を検討 (Witze 2025)

科学の政治化は政治家の問題だけではない

  • 民主党支持者の科学信頼は高いままだが、1980年代以降共和党支持者の科学信頼は低下 (Gauchat 2012)
  • 共和党の支持層には以下のような科学的定説を認めない人たちが
    • 聖書の内容はすべて歴史的事実だと信じる逐語的聖書主義者
    • 地球温暖化、たばこによる健康被害を認めたくない業界

日本における科学と政治

  • 第二次安倍政権下での南京大虐殺の否定 (2007)
  • 安保関連法案を憲法違反とする多数派憲法学者の見解の無視 (2015)
  • 日本学術会議会員任命拒否 (2020)

科学の政治化の背景 1: 再帰性の増大

  • 再帰性: 社会制度が人々の行為が適切か省みて、必要なら修正すること (Giddens 1991)
  • 何が「正しい」のかが頻繁に更新されたり、わからなくなったりする時代
  • そのため、社会制度や人々の行為が適切なのか、頻繁にモニタリングする必要が増大
  • 科学や疑似科学への需要の増大
  • 特定の党派に不都合な学説は政治的な攻撃の対象に

科学の政治化の背景 2: 科学ポピュリズム

  • ポピュリズム: 少数のエリートによる支配を批判し、一般大衆に権力を取り戻そうとする政治運動 (水島 2016)
  • 腐敗したエリート科学者を批判し、自分たちの信じる真実を広めようとする運動 (Mede and Schäfer 2020)
  • エリート vs 民衆という図式の中で、自分は民衆の側にあるとする

科学ポピュリズムの特徴

  • 主権が民衆にあるように、何をどのように研究すべきか、何が真理か、は民衆が決めるとする
  • 陰謀論から真っ当な科学技術政策批判までいろいろ
  • 科学ポピュリズムは素人の科学に対する不信や批判を正当化

この本の問題意識

  • 日本でも米国のように保守派の科学不信が広がっているか?
  • どんな人が科学/科学者を信頼しないのか?

2 わかった/確認したこと

日本では米国ほど科学をめぐる保革対立はない

  • 保守/革新は様々な内実/イシューを持ち、一貫して保守的意見を支持する人は少ない
    • 例:保革自己イメージ、支持政党、再分配反対、移民反対、性役割意識、自己表現軽視
  • 自民党支持者や保守自認者は科学に肯定的だが、移民や再分配反対派は科学に否定的

日本にとって科学は体制の一部

  • 自然科学を信頼する人は人文社会科学も信頼しやすい
  • 銀行、警察、裁判所、マスコミ、学校などなどの機関への信頼は互いに強く相関、学者・研究者への信頼も同様
  • 社会体制全般を信頼しやすい人と信頼しにくい人がおり、信頼しやすい人は科学も信じる

平均信頼 1999-2018 やや降下群

…について、あなたはどれくらい信頼していますか。 10点満点 (出典 JGSS)

平均信頼 1999-2018 ほぼ横ばい群

…について、あなたはどれくらい信頼していますか。 10点満点 (出典 JGSS)

平均信頼 1999-2018 上昇群

…について、あなたはどれくらい信頼していますか。 10点満点 (出典 JGSS)

はく奪は科学を含む体制全体への信頼を損なう

以下のような人は科学を信頼しにくい

  • 世帯収入が低い
  • 夜道で危険を感じる
  • 病気でも医者にかかったり薬を買ったりできない
  • 十分な食料がない
  • 自宅にいても犯罪に巻き込まれる恐れがある

最悪のシナリオ

  1. はく奪感を感じる人が増加
  2. 陰謀論やデマを弄するポピュリスト政党/政治家の台頭
  3. 政権にとって不都合な発言をするジャーナリストや研究者の弾圧
  4. 1 にもどってこのループが強化されていく

陰謀論研究へ

なぜ陰謀論研究へ?

  • 漠然とした科学への信頼はあっても個別のイシューに同意できない人はたくさんいる (O’Brien and Noy 2015)
    • ワクチン懐疑、マスク無効説、資本やディープステートによる世界支配、等々
    • 陰謀論を信じることと「科学」を信じることは必ずしも矛盾しないかも (Harambam and Aupers 2015)
  • しかし、こういった非科学的な説に従った政策が取られることで、多くの人の生命や財産が危機に瀕するかも?

科学と陰謀論の共通性

  • 通説、常識、権威、政府の公式見解、等々への批判的視点。懐疑精神
  • さまざまな現象、出来事が起こる理由/メカニズムを説明してくれる
  • 解決策の提示

科学と陰謀論の相違

科学は、

  • 専門家間の対話・相互批判をビルドインしたシステム
  • 膨大な知識の蓄積・専門分化
  • 素人には十分な理解が難しい場合も

陰謀論は、

  • 制度的な統制を欠くが
  • 素人にも分かりやすく諸悪の根源を教えてくれる

陰謀論の「効用」

  • 現状に絶望している人や、自分の地位が危うくなっている人たちに、その苦難の意味を教えてくれる
  • 科学は万能ではないのですべての現象を説明できるわけではないし、解決策を提示できるわけではない
  • 科学には満たすことのできないニーズを陰謀論は満たしてくれる?
  • 宗教と似た機能 (Berger, Berger, and Kellner 1973; Weber 1920)

今後の展望

  • 日本で陰謀論がどれぐらい信じられているのか調査してみたい
  • 陰謀論を信じることと、科学への信頼やポピュリズム、などなどとの関係など調べてみたい

文献

Berger, Peter L., Brigitte Berger, and Hansfried Kellner. 1973. The Homeless Mind: Modernization and Consciousness. Penguin(高山真知子・馬場伸也・馬場恭子訳, 1977, 『故郷喪失者たち:近代化と日常意識』新曜社).
Binkley, Collin, and Jake Offenhartz. 2025. Trump Demands Unprecedented Control at Columbia, Alarming Scholars and Speech Groups.”
Gauchat, Gordon. 2012. “Politicization of Science in the Public Sphere: A Study of Public Trust in the United States, 1974 to 2010.” American Sociological Review 77(2):167–87. doi:10.1177/0003122412438225.
Giddens, Anthony. 1991. The Consequences of Modernity. Polity.
Harambam, Jaron, and Stef Aupers. 2015. “Contesting Epistemic Authority: Conspiracy Theories on the Boundaries of Science.” Public Understanding of Science 24(4):466–80. doi:10.1177/0963662514559891.
Kozlov, Max, and Chris Ryan. 2025. “How Trump 2.0 Is Slashing NIH-Backed Research–in Charts.” Nature 640(8060):863–65.
Mede, Niels G., and Mike S. Schäfer. 2020. “Science-Related Populism: Conceptualizing Populist Demands Toward Science.” Public Understanding of Science 29(5):473–91. doi:10.1177/0963662520924259.
Merriman, John, and Jay Winter, eds. 2006. Lysenko Affair.” Pp. 1693–95 in Europe since 1914: Encyclopedia of the age of war and reconstruction. Vol. 3. Detroit, MI: Charles Scribner’s Sons.
O’Brien, Timothy L., and Shiri Noy. 2015. “Traditional, Modern, and Post-Secular Perspectives on Science and Religion in the United States.” American Sociological Review 80(1):92–115. doi:10.1177/0003122414558919.
Union of Concerned Scientists. 2004. Scientific Integrity in Policymaking: An Investigation into the Bush Administration’s Misuse of Science.
Weber, Max. 1920. Gesammelte Aufsätze Zur Religionssoziologie. Tübingen: J. C. B. Mohr (大塚久雄・生松敬三訳, 1972, 『宗教社会学論選』みすず書房).
Witze, Alexandra. 2025. “75.” Nature 640(8058):298–99.
水島治郎. 2016. ポピュリズムとは何か - 民主主義の敵か、改革の希望か (中公新書). 中公新書.
黒川修司. 1994. 赤狩り時代の米国大学: 遅すぎた名誉回復. 中公新書 1194. 東京: 中央公論社.