1 イントロダクション
1.1 本発表で扱う変異
本発表では「変異」を構文選択のバリエーションと考える。
特に、文法的な構文同士の交替ではなく、標準的な構文と非標準的な構文の交替現象を検討する。
具体的には、NP was raised は(2a)のようにto不定詞補部を伴うのが標準的だが、まれに(2b)のようにthat補部が直接後続する場合がある。(以後(2b)のタイプをBRTC (Be Raised That construction)とする)
- I was raised to believe that love is a lie.
- I was raised that you fight for your family. (enTenTen21)
一見すると、BRTCはただの誤用だと思われるかもしれないが、誤用にしては様々なコーパスや雑誌などで一定数確認される。
この違いは単に「正しい・誤り」という話ではなく、なにか他の要因が関係しているのではないかと考えられる。
1.2 本発表の目的
そこで本研究では、(2)の構文の「変異(variant)」の選択がどのような要因で決まるのかを、条件付き推論木(ctree) と 条件付きランダムフォレスト(cforest)という統計モデルを使って探っていく。
また、本発表ではこのような多因子分析が単なる数字の操作ではなく、探索的な言語研究を行う上で有用であることを主張する。
2 先行研究
2.1 that の省略
本発表で検討するthat補文が関わる構文選択には様々な要因が考えられる。
関連するものだと、that補文では(4a)のようにthatが省略されない場合と(4b)のように省略される場合のバリエーションがある。
- I think that the cat is following the dog.
- I think the cat is following the dog.(enTenTen21)
- このバリエーションの要因については、Bolinger (1972)以降、心理言語学や意味論、語用論など様々な立場から様々な指摘なされている。
| 領域 | 要因 | 主張 | 主要出典 |
|---|---|---|---|
| 心理言語学 | 情報量(情報密度) | 補部内の情報量が高いとき、that が保持されやすい。情報量が低いと that は省略されやすい。 | Ferreira and Dell (2000); Jaeger (2010) |
| 意味論 | 動詞の factivity(叙実性) | 補部内容の真理性を前提する factive 動詞(regret, like など)では、that 省略の容認性が低い。non-factive(think, imagine 等)では省略が比較的許容される。 | Bîlbîie et al. (2023) |
| 語用論 | epistemic authority(知識の主導権; Zagzebski 1996) | 話し手が聞き手と内容を共有していると見なすと that を省略。共有していない(話し手の方が情報を持つ; 新情報)と that を保持。 | Zagzebski (1996) |
2.2 BRTCの調査にむけて
先行研究では、補部内の情報量、動詞の意味、文脈内における話し手と聞き手の情報量(要は文脈的な要因)に着目していた。
これを参考に以下のリサーチクエスチョンを設定する。
- どんな条件で that節が現れやすいか。
- それぞれの要因がどの程度影響しているか。
(6a)の問いに答えるには、条件をはじめから固定せずに実例を観察して、まずは思いつく限り考える必要がある。つまり、探索的に行うことが必要。
(6b)の問いに答えるには、複数要因を比較して、どのような条件の組み合わせのときに標準的な構文よりもBRTCが選ばれるのかを検討する必要がある。
このように一つの要因ではなく、複数の要因を検討する場合は、「様々な条件の組み合わせの効果」をみることが必要になる。
それを機械学習的に表現できるのが「条件付き推論木 (ctree)」 や「条件付きランダムフォレスト (cforest)」 という手法。
3 データと研究方法
3.1 使用コーパスおよびデータ
今回の調査ではSketch Engine (https://app.sketchengine.eu/) enTenTen21(約520億語の大規模コーパス)を使用。
(9)の検索式を用いて、用例を収集(2025/06/04検索)。
- 標準的な構文: [word="I|you|he|she|we|they" & tag="P.*"] [word="was|were" & tag="V.*"] [lemma="raise"] [word="to"] [tag="V.*"] [word="that"]
- BRTC: [word="I|you|he|she|we|they" & tag="P.*"] [word="was|were" & tag="V.*"] [lemma="raise"] [word="that"]
- 抽出した用例から非該当例を手作業で排除し、ランダム抽出で各50件ずつ選択。
- 今回はパイロット調査のためサンプルサイズは少ないが、このデータを基に分析を行った。
3.2 研究方法
3.2.1 データの下準備
まず変数の設定だが、今回は標準的な構文(to不定詞補部を伴う場合)と非標準的な構文(直接that節を伴う場合)の選択なので、「cano」と「brtc」の2値(目的変数)を設定し、Excelファイルに記録した。
データ収集後に、用例を見ながら標準的な構文とBRTCの選択に関わりそうな要因を検討し、以下の構文選択に関わる可能性のありそうな要因群(説明変数)を設定。
- upbringing_context_type
- generic
- identity_index
- neg
- quoted_speech reporting_verb_present
- comp_token_len
- comp_clause_count
- coordination_in_complement
3.2.2 各要因(説明変数)について
upbringing_context_typeは、補文内の内容をもとにどのような文脈で使われているかをmoral, social, culturalに分類した変数。
以下はハンドアウトに書かれていない補足事項:
善悪・信仰・倫理・責任感に関わることであればmoral、家庭・礼儀・教育・仕事・実用・社会規範に関わることであればsocial、宗教的アイデンティティ・国民性・ジェンダー・文化的背景に関わることであれば、culturalとアノテーションした。
| タイプ | 件数 | 概要 |
|---|---|---|
| moral | 36 | 善悪・信仰・倫理・責任感(God, right/wrong, sin, duty, help, family) |
| social | 49 | 家庭・礼儀・教育・仕事・実用・社会規範(work, manners, education, politeness) |
| cultural | 15 | 宗教的アイデンティティ・国民性・ジェンダー・文化的背景(America, Catholic, gender, race) |
social がデータの約半数(49%)を占め、「努力・礼儀・責任」などの社会的規範が主軸になっていた。
moral(36%)は宗教や善悪に関連する信念で、「~は罪」「~すべきだ」という内容が多く含まれていた。
cultural(15%)は文化・アイデンティティが読み取れるような表現を含む例だが、もっとも少なかった。
- Personally, I was raised that if you stay at a nice hotel, you tip. (social)
- All my life I was raised to believe that God exists. (moral)
- I was raised to believe that women need men like a fish needs a bicycle. (cultural:feminist sloganでa woman can live her life perfectly well without a manということ。)
- genericは、補文内に総称代名詞(you / we / one / they / people)が含まれている場合にyes、そうでない場合はnoを付与した。
- I was raised to believe that we're our siblings' keepers.
- I was raised to believe that if you are that good, someone surely will notice and advocate on your behalf.
negはthat/to節内に not / never / no / nothing / without などの否定語を含む場合yes、該当しない場合noとした。
quoted_speech(引用表現を伴うかどうか), reporting_verb_present (発話動詞の有無), comp_token_len(補文部分の語数), comp_clause_count(補文以降の節の数), coordination_in_complement(補文以降の等位接続構造の有無)はいずれも構文の統語的複雑さに関する要因。
quoted_speech, reporting_verb_present, coordination_in_complementはyes/noの2値。
comp_token_len, comp_clause_countは実数を記録した。
3.2.3 統計手法について
3.3 条件付き推論木(ctree) について
ctreeとは、要因間の比較して、「どの条件の順に構文交替に影響しているか」を統計的に分析する手法。
樹形図のように構文交替に強く影響している条件の順に分岐点を作り、p値に基づいて要因間の有意性を統計的にテストできる。
3.4 条件付きランダムフォレスト(cforest)について
cforestとは、各変数が全体的にどれくらい重要かを調べる分析方法。
これは多くの木をランダムに作り、その中で一貫して効いている変数を「重要」とみなす手法。
ctree は「どの条件の順に効くか」、cforest は「どの要因がどれだけ強いか」を見るための手法。
3.4.1 データの概要と分布
| Variant | N |
|---|---|
| cano | 50 |
| brtc | 50 |
4 分析結果
4.1 ctreeの分析結果
図2は条件付き推論木(ctree)の結果。
木のように分岐していますが、これはどのような条件のときに標準的な構文あるいは非標準構文であるBRTCが現れやすいのかが示されている。
この図全体は、ある要因が単独で働くというよりも、色々な要因の組み合わせによってどのように変異が生じるのかを表しており、このように条件の重なり(もしこの条件だったら・・・)で分析できるのがctree。
ctreeは、全データを最もよく区別する条件から順に上から分岐させていく。
各楕円が“分岐テストされた要因”で、p値が小さいほど有意に構文選択を左右するということ。
末端のバー(Node)は、その条件の組み合わせで cano / brtc がどのくらい出現するかを表している。
つまり、どの要因が最初に効き、その下でどんな条件がさらに分化するかを見ることで、 言語使用における“選択の仕組み”を可視化できる。
4.2 ctreeの結果の解釈
4.2.1 最初の分岐: comp_clause_count (p = .03)
最初の分岐は 補文節の数。that節・to節の後ろにどれだけ節が連なっているか(複雑さ)が最も構文選択に効いている。
節が1つ以下の単純な文では標準構文 (cano) が優勢。
節が複数ある複雑な文では分岐が広がり、他の要因(coordinationやneg)が効いてくる。
文が複雑化するほど、to不定詞よりも that節が現れやすい → 構造の複雑さが非標準構文を誘発している可能性。
4.2.2 左側の分岐: reporting_verb_present, upbringing_context_type
左側の枝はすべて “reporting_verb_present = no” のケース
moral / social 文脈では、標準構文(cano)がやや優勢だが「道徳的・社会的規範」でもまだ両構文が混在。
cultural 文脈(文化・宗教・アイデンティティ関連)では、cano が圧倒的。つまり、より標準な構文が選ばれやすい。
4.2.3 右側の分岐: coordination_in_complement, neg
節が複数ある場合、等位構造を含むかどうかの分岐点。
等位接続がない場合、brtcが優勢。
ある場合、そして否定 (neg)があればさらに分岐。
否定を含む補文では brtcが増加。否定を含まない場合は、標準的な構文が優勢。
複文構造や否定を含む場合、brtcが多い。
これは補文節の内容が複雑になると、that節が直接後続するパターンが選ばれるということ → 処理負担の軽減? (thatの省略と関連があるかもしれない)
ただ、等位構造が無い場合も、brtcが優勢になっている。
結果が微妙に解釈しにくい。
4.3 ctreeの修正
前回のctreeではcomp_token_len(補文内の語数)や comp_clause_count(補文の節数)が連続変数(numeric)のまま扱われていた。
他の変数と同様にカテゴリ変数に変換して、データ全体のパターンを捉えやすく修正してみる(離散化 binning)。
ここではバラバラに記録されていた語数や節数をshort / medium / long の3カテゴリーに変換。
これにより「長い補文はどの構文を選びやすいか」が直感的に捉えられるようになる。
4.3.1 離散化したctreeの結果
4.3.1.1 トップ分岐:generic (p = 0.042)
- generic = yes(you, we, people など総称的主語あり)と generic = noで明確に分かれている。
- 最も説明力が強い変数(最上位ノード)。
- 総称的な表現を含む補文の場合、構文選択に影響している。
4.3.1.2 左側:generic = no
次に neg (p = 0.072) で分岐。
否定あり → Node 8(brtcがやや優勢)
否定なし → さらに comp_len_bin(補文の語数)で分岐。
short,long → Node 4:cano優勢
medium → upbringing_context_type が効く(p = 0.026)
moral/social/cultural文脈 → Node 6, 7(cano優勢)
まとめると、否定を含まない個別発話では、補文の語数や文脈の種類が構文選択に影響。
中くらいの長さの補文では、道徳的・社会的・文化的文脈で標準構文(cano)が優勢。
4.3.1.3 右側:generic = yes
upbringing_context_type (p = 0.133) で分岐。
moral / cultural → Node 10(canoが拮抗)
social → Node 11(brtc優勢)
まとめると、総称表現が補文内に含まれる場合、社会的な 文脈ではbrtcが選択される傾向にある。
修正版ctree の最終ノードごとに、構文タイプ(cano / brtc)の分布を確認し、モデルの分岐結果が妥当かをチェック。
| ノード番号 | 意味(分岐条件) | 該当するデータ |
|---|---|---|
| 4 | generic = no, neg = no, comp_len_bin = short/long | 42件 |
| 6 | generic = no, neg = no, comp_len_bin = medium, upbringing = moral/social | 8件 |
| 7 | generic = no, neg = no, comp_len_bin = medium, upbringing = cultural | 5件 |
| 8 | generic = no, neg = yes | 5件 |
| 10 | generic = yes, upbringing = moral/cultural | 19件 |
| 11 | generic = yes, upbringing = social | 21件 |
Node 4 は、canoが優勢。補文の語数がshort/longでは標準的な構文が多い。
Node 6 も canoが優勢。中程度の補文で moral/social 文脈 → 標準構文が優勢。
Node 7 も cano優勢。中程度補文・文化的文脈 → 完全に標準構文(cano)
Node 8では brtcが優勢。generic表現なしで、否定を含む場合 → 非標準構文が優勢。
Node 10ではcanoとbrtcが拮抗。genericあり × moral/cultural文脈 → 構文選択が揺れる。サンプルサイズを増やすともっとハッキリでる可能性。
Node 11では、brtcが優勢。genericあり × social文脈 → 非標準構文が増える。
4.4 forestの分析結果
次に、条件付きランダムフォレスト(cforest)で得られた変数重要度の結果を示す。
この分析は、単一の決定木(ctree)ではなく、複数の木を統合した 条件付きランダムフォレスト(cforest) によって、 どの要因が構文選択(cano / brtc)に最も影響しているかを推定したもの。
| Predictor | Importance |
|---|---|
| neg | 0.044 |
| clause_bin | 0.030 |
| generic | 0.023 |
| upbringing_context_type | 0.018 |
| coordination_in_complement | 0.014 |
| comp_len_bin | 0.000 |
| quoted_speech | -0.020 |
4.5 結果の解釈
neg(否定があるかどうか) が最も強い予測要因であり、否定の有無が構文選択を大きく分ける。
clause_bin(節の複雑さ) も重要で、節が短い・単純なほど cano が選ばれやすいことを示している。
generic(総称表現の有無) や upbringing_context_type(文脈) は補助的に影響。
これはサンプルを増やすときに、この要因は残しておこうなどの判断材料になる。
quoted_speech(引用発話) は負の値であり、構文選択との関連は弱い。
4.6 (余裕があれば)モデルの検証
4.6.1 条件付き推論木(ctree) と条件付きランダムフォレスト(cforest) の予測力をチェックする
作成したモデル(ctree・cforest)がどの程度「新しいデータ」に対して正しく予測できるかを検証。
ここではデータを「学習用(train)」と「テスト用(test)」に分け、汎化性能(generalization ability) を評価。
過学習(overfitting)を防ぐため、データの80%を学習用、20%をテスト用にランダム抽出
| Model | Accuracy |
|---|---|
| ctree | 0.30 |
| cforest | 0.50 |
| baseline (majority) | 0.55 |
##
## Confusion matrix (ctree):
## Pred
## Truth cano brtc
## cano 0 14
## brtc 0 6
##
## Confusion matrix (cforest):
## Pred
## Truth cano brtc
## cano 4 10
## brtc 0 6
4.7 結果の解釈
ctreeは分岐木1本では過学習や偏りが出やすく、精度は低め。
cforestは森全体の平均により安定化。単一木より改善。
baselineは「常に多数派を予測するだけ」でもこの程度の精度。モデルの改善余地あり。
4.7.1 混同行列(Confusion matrix)の解釈
ctreeはすべてを brtc と予測 しており、モデルが極端に片寄っている(canoを1つも当てられない)。
cforestは、cano を部分的に識別できており、バランスが改善。 ただし全体的にサンプルが少ないため、汎化性能はまだ限定的。
4.7.2 モデル検証から見える課題
ctreeは構文選択の「条件の順序」を視覚化できるが、 サンプルが少ない場合はデータに強く依存して偏りやすい。
cforest(ランダムフォレスト) は、多数の木を平均化することで、 各要因(否定・総称性・文脈タイプなど)の「全体的傾向」をより安定してとらえる。 → 「どの要因が体系的に効いているか」を抽出するのに適している。
baselineを下回っているのは、データ数が少なく、 モデルが十分に一般化できていないため。
探索的段階では想定内の結果であり、データを増やす・特徴量を整理することが次の課題。
さらなるデータ拡張と交差検証が必要だが、探索的分析の目的(要因の発見)としては十分に有用な段階的な成果。
5 限界と今後の課題
5.1 限界について
- パイロット調査ということもあり、データ数が100件程度とまだ少ない。
- 木構造モデルはデータが少ないと分岐の安定性が下がるので、今後はデータを増やして再検証する必要がある。
6 今後の課題
- 今後は、コーパス拡張によるデータ数の増強、交差検証(cross-validation)による再現性の評価、要因間の相互作用の詳細分析などを行う予定。
7 まとめ
to不定詞補部を伴う標準的な構文と直接that節を従える非標準的な構文の選択は「単一の文法条件」ではなく、否定表現の有無や総称表現の有無、文脈の組み合わせによって説明できる可能性がある 。
多因子分析を活用することで、研究者は実例と向き合いながら、検討を重ねていくことが可能になる。
これは多因子分析がより良い仮説形成の強い味方であるということ。
仮説形成と検証を繰り返すことにより、より強固な仮説に至れる可能性を増える。結果的に、今後の研究の課題や結果を示す際の説得力が向上する。