はじめに

 この講義で使用する教科書は、丸善出版の熱力学・統計力学です。この講義が始まり5年目ですが、教科書はまだ模索中です。言い訳にはなりますが、熱力学、統計力学は本来別々に1期ないしは1年通じて学ぶ必要のあるものです。なぜか本学では1期で熱力学・統計力学両方学ぶカリキュラムになっておりますので、大分無理があることをしているとご承知おきください。基本は大部分が熱力学、統計力学とのつながりを少々説明する、くらいのイメージです。



 まず数学的な準備を進めましょう。この講義において一貫して利用する数学的なツールは、全微分と経路積分です(難しいところまで踏み込みません)。ということで、講義の内容に進む前にこれらのツールについて学んで学んでおきましょう。



 本講義資料はRMarkdownを利用して作成していく予定です。RMarkdownの仕様上、htmlのアップロードが標準仕様であり、無理やりpdfに変換した資料もアップロードします。



全微分

 熱力学系は、巨視的な量 = 状態量 (例えば、エネルギー\(E\)、体積\(V\)、粒子数\(N\)、エントロピー\(S\)、温度\(T\)、圧力\(p\)、化学ポテンシャル\(\mu\) [1粒子増やす・減らすために必要なエネルギー])、 により曖昧さなしに定義される系である。例えば、この講義では内部エネルギー\(U\)を、\(U = U(V, S, N)\)として表し、\(U\)の性質を検証する。











 ひとまず数学で慣れ親しんだ表式、\(z = f(x,y)\)を考えてみよう。\(y\)をとある値\(y_0\)に固定して、\(x=x_0\)周りに\(x\)の変化が\(z\)に及ぼす影響を考える。このとき、偏微分というツールを利用し、\(K(x_0, y_0) = \frac{\partial }{\partial x}f(x, y)|_{x = x_0, y=y_0} = \lim_{\Delta x \to 0}\frac{f(x_0 + \Delta x, y_0) - f(x_0, y_0)}{\Delta x}\)と表す。











これから、十分に小さな\(\Delta x\)のとき、 \(f(x + \Delta x, y) = f(x, y) + K(x, y)\Delta x\)もしくは、\(f(x + \Delta x, y) = f(x, y) + \frac{\partial f(x,y)}{\partial x}\Delta x\)を満たす。同様に、\(f(x, y + \Delta y) = f(x, y) + \frac{\partial f(x,y)}{\partial y}\Delta y\)を満たすことも想像に難くないだろう。











たとえば\(f(x_0, y + \Delta y) = f(x_0, y) + \frac{\partial f(x_0,y)}{\partial y}\Delta y\)として、\(x_0 = x+\Delta x\)とする。このとき、\(f(x+ \Delta x, y + \Delta y) = f(x+\Delta x, y) + \frac{\partial f(x+\Delta x,y)}{\partial y}\Delta y\)となり、先程の式を利用すると、 \(f(x+ \Delta x, y + \Delta y) = f(x, y) + \frac{\partial f(x,y)}{\partial x}\Delta x + \frac{\partial [f(x, y) + \frac{\partial f(x,y)}{\partial x}\Delta x]}{\partial y}\Delta y\) となる。いま、\(\Delta x\), \(\Delta y\)は十分に小さな値を想定している。この2つを掛け算した値は限りなく0に近くなると期待できる。すなわち、 \(f(x+ \Delta x, y + \Delta y) = f(x, y) + \frac{\partial f(x,y)}{\partial x}\Delta x + \frac{\partial f(x, y)}{\partial y}\Delta y\)を得る。











いま、関数\(f = f(x,y)\)の全微分を\(df = f(x+ \Delta x, y + \Delta y) - f(x, y)\)と定義する。すなわち、 \[\begin{equation} df = \frac{\partial f(x,y)}{\partial x}\Delta x + \frac{\partial f(x, y)}{\partial y}\Delta y \end{equation}\] となる。以下、相当に微小な変化を考え、\(\Delta x = dx\)とする。 一般的に、\(f(x_1, x_2, ..., x_N)\)の全微分は、 \[\begin{equation} df = \sum_i\frac{\partial f}{\partial x_i}d x_i \end{equation}\] となる。これは今後この講義で多用するので、必ずおさえておくことをおすすめします。











また、この講義の範囲内では、以下の性質が成り立つものとします。 \[\begin{equation} df = \sum_{i=1}^N\frac{\partial f}{\partial x_i}d x_i \end{equation}\] となるとき、関数\(f\)は、 \[\begin{equation} f = f(x_1, ..., x_N) \end{equation}\] である。つまり、全微分において\(dx_i\)が現れるとき、\(f\)\(x_i\)に依存し、さらに\(dx_i\)の係数は\(\frac{\partial f}{\partial x_i}\)となる。











いくつか例題をこなして慣れていきましょう。以下の関数の全微分を計算してください。
(1) \(f(x,y) = x^2 + y^2\)
(2) \(f(x,y) = \exp(x) + y\)
(3) \(f(x,y) = x^2 + xy + y^2\)
(4) \(U(V, S, N)\)の全微分を計算せよ。























経路積分

  全微分に加えてもうひとつ利用するツールが、経路積分です。経路積分が苦手という人もいるかと思いますが、具体的な計算はほとんどしないので問題ないかと思います。ひとまず経路積分についておさらいしておきましょう。

  経路\(C\)に沿って関数\(f(x)\)を積分するとき、以下のように表す。 \[\begin{equation} \int_C f(x)dx \end{equation}\] 経路\(C\)は滑らかかつ交差のないものをここでは考えましょう(ややこしいものはここではなしということで)。一般的に、媒介変数表示をすると計算が容易になることが多く、 \[\begin{equation} \int_C f(x)dx = \int_{t_0}^{t_1} f(x(t))\frac{dx}{dt}dt \end{equation}\] として計算することになる。2変数の場合も同様に、 \[\begin{equation} \int_C f(x,y)dx + g(x,y)dy = \int_{t_0}^{t_1} f(x(t),y(t))\frac{dx}{dt}dt + g(x(t),y(t))\frac{dy}{dt}dt \end{equation}\] となる。











また、連続している経路\(C_1C_2,...\)の経路積分は、 \[\begin{equation} \int_{C_1}f(x,y)dx + g(x,y)dy + \int_{C_2}f(x,y)dx + g(x,y)dy + ... \end{equation}\] となる。これも抑えておこう。











例題をこなして慣れていきましょう。以下の経路積分を計算してください。 \(f(x,y) = x^2 + y^2\)として、経路\(C\)に沿った経路積分、 \[\begin{equation} \int_C f(x,y)dx = \int_C (x^2 + y^2)dx \end{equation}\] を以下の2通りの場合に関して経路積分を計算せよ。
(1) 始点\(P = (0,0)\)と終点\(Q = (1,2)\)を直線で結ぶ経路\(C_1\)
























(2) 始点\(P = (0,0)\)を出発して\(R = (1,0)\)を経由し、終点\(Q = (1,2)\)に至る経路\(C_1\)
























上記の例題で気付く通り、経路積分は一般的に経路に依存する。熱力学では、経路に依存せずに積分値が決まる状況が非常に重要になる。天下り的ではあるが、\(\phi = \phi(x,y)\)として \[\begin{equation} \int_C f(x,y)dx + g(x,y)dy = \int_C \frac{\partial \phi}{\partial x}dx + \frac{\partial \phi}{\partial y}dy = \int_C d\phi \end{equation}\] となるとき、右辺の積分は、 \[\begin{equation} \int_C d\phi = \phi(x_N, y_N) - \phi(x_0, y_0) \end{equation}\] として、始点\((x_0, y_0)\)と終点\((x_N, y_N)\)のみで値が決まる(\(d\phi = \phi(x + dx, y + dy) - \phi(x, y )\)をたくさん足し算していくと、2つの項しか残らない)。このとき、一周する経路を考えると、経路積分すなわち周回積分は0になることがわかる。したがって、\(\int_C \sum_i \frac{\partial \phi}{dx_i}dx_i\)と書くことができる経路積分はとても性質が良さそうな雰囲気を感じる。













 レポート課題:

  (1) \(f(x,y) = \exp(2x) + 2y\) の全微分を求めよ

  (2) \(f(x,y) = x^3 + x^2y + y^3\) の全微分を求めよ

  (3) \(f(x,y) = x^3 + y^3\)として、経路\(C\)を以下の2通りの場合に関して経路積分を計算せよ。
・始点\(P = (0,0)\)と終点\(Q = (1,2)\)を直線で結ぶ経路\(C_1\)
・始点\(P = (0,0)\)を出発して\(R = (1,0)\)を経由し、終点\(Q = (1,2)\)に至る経路\(C_1\)