問題1: 性役割規範の年齢依存性

• 規範は状況によって変わる場合がある（例：正当防衛、戦時の軍事目標への攻撃）
• この報告では当事者（評価する側ではなくされる側）の年齢によって性役割規範がどう変化するか検討

年齢と性役割の先行研究：離脱理論

• 高齢者は社会から離脱していくのが適切(Cumming and Henry 1961)。枯れていくことが求められる (井上 1992)
• 年を取ると女性は露出の多い服装をすることは忌避される(Moradi and Huang 2008)。
• 肌の露出が許されるのは、パートナーを見つけようとしている女性にのみ許され (Grimstad, Storm-Mathisen, and Storm-Mathisen 2005)、
• 既婚女性や高齢者は露出が少なく色が地味で装飾の少ない服を着ることが求められる (Clarke 2009; 太郎丸 2025)

年齢とジェンダーの越境

• セクシーであることが「枯れていく」という理想に反するように、ジェンダーを越境することも老いの理想に反するとされやすいかも
• だとすればジェンダー越境的な趣味やジェンダー越境的な職業についている人に対する違和感は高齢になるほど大きくなるはず（仮説1）

問題2: 性役割規範の非対称性 (近藤 2023)

• 男女の棲み分けが想定される場合に、一方の性の越境は強く非難されるが、他方の性の越境は強く非難されないこと。
• 例えば現代日本で、紳士服を着る女性よりも婦人服を着る男性のほうが強い違和感や嫌悪感を引き起こす。
• 女性はジェンダー越境することで地位を高めてきた歴史。当初は激しいバッシングがあったが次第に許容されるように。
• 男性はジェンダー越境が珍しいだけでなく、地位を下げたダメな奴とみなされるため、逸脱の度合いが大きいとみなされやすいのでは（仮説２）？
• この背景には男性のほうが高い地位を持ち、男性的な文化や役割が高い地位を象徴／意味してきたから？

プリテストのみの設問（蛇足）

コミックマーケットで数か月前に知り合った以下のような男女が二人でカフェで食事をした場合、どのように食事代を分担すべきだと思いますか。二人は同額程度の食事をしたとします。

1. 男性が23歳で女性は33歳 、年収（税込）は 男性が200万円で女性が400万円 で、二人が 友人 の場合
2. 男性が33歳で女性は23歳 、年収（税込）は 二人とも300万円 で、二人が 恋人 の場合

• 以下、年齢、収入、二人の関係が異なるヴィネットをさらに 5つ提示
• 90 % の回答が「割り勘にすべき」に集中
• この質問はボツに

3 データ

• 調査対象者は大学生、大学院生や研究生、聴講生等含む。
• 京大の学生が 74% 、次が金城学院大学の 6% 、さらに京都女子大学と立命館大学が同数で 2%
• 2024年度に京都大学文学部の社会学実習を履修した学生に、友人・知人に調査を依頼するように指示。また、私が担当する講義の受講生にも回答を依頼。
• 調査期間: 2024/10/04 ～ 19
• 概算で総数1309人に依頼、有効回答は 206人、回収率は 16%。

回答者レベルの記述統計

質問票の構造と実験計画の概要

• Google Forms 使用
• 性別、年齢、誕生月を尋ねた後、誕生月によって、3つのヴィネット・セットのうちのいずれかに割り当て

ジェンダー越境的な趣味：男性

Q4 次のような 男性 について、あなたはどの程度違和感を感じますか。

1. 女児向けのアニメが好きな70歳の男性
2. お菓子作りが好きな45歳の男性
3. 男性アイドルが好きな10歳の男性

• 以下同様にして年齢と趣味の内容が異なるヴィネットを合計で 12 評価してもらった。
• 選択肢は、「とても感じる」「少し感じる」「あまり感じない」「違和感を感じない」の4つ
• ヴィネット中の年齢は、「10歳」「25歳」「45歳」「70歳」の4水準のうちのいずれか。趣味は、次ページの表の 9水準。

ヴィネット中で提示した趣味

ジェンダー越境的な趣味：女性

Q5 次のような 女性 について、あなたはどの程度違和感を感じますか。

1. 男性用の服を着るのが好きな45歳の女性
2. 女性ロックバンドが好きな45歳の女性
3. ラグビーをするのが好きな25歳の女性

• 以下は男性と同様。趣味の水準は前頁の表を参照
• 上のような水準の組み合わせをする際には、R の AlgDesign パッケージと (Wheeler 2019) skpr パッケージ (Morgan-Wall and Khoury 2021) を用いた。

3種類の調査票への割り当てのランダム性の検定

• 等確率性（どの調査票に割り振られる確率も同じ 1/3 ）であるかどうか、
• 調査票による性別の分布の違い、
• 　 　 〃 　 　所属大学の違い、
• 調査票による平均年齢の違い、
• 後述の家族意識の平均値の違い、

を検定したが、いずれも有意な違い無し

家族意識

1. 子どもが３歳くらいまでは、母親は仕事を持たず育児に専念すべきだ
2. 家族を経済的に養うのは男性の役割だ
3. 夫婦は、お互いの同意があれば、入籍しなくてもかまわない (rev)
4. 婚姻届を出していないカップルでも、子どもを産んだり育てたりしてかまわない (rev)
5. 男同士や女同士の結婚も、法律で認められるべきだ (rev)

• 「そう思う」から「そう思わない」までの 4択。数値が大きくなるほど伝統的家族観に肯定的になるよう 0～3 を振った

家族意識の記述統計（ワイド）

家族意識の相関行列

最初の二つを足し合わせて Z得点に変換したものを性役割意識、残りの三つを足し合わせて Z得点に変換したものを伝統家族意識と呼び、独立変数として用いる。

大学別ジェンダー越境的な趣味への違和感

図7 評価者の大学別、ジェンダー越境的な趣味に対する違和感（エラーバーはプール・データで計算した95%信頼区間）

被評価者の年齢とジェンダー越境的な趣味への違和感

ジェンダー越境的な趣味評価の非対称性

ジェンダー越境的な趣味の分析まとめ

1. 10歳と25歳の違いははっきりしないが、25歳、45歳、70歳の違いは有意で、被評価者の年齢が上がるほど平均違和感は強くなる。仮説1は概ね支持
2. ロックバンドを除くと男性の越境のほうが女性の越境よりも平均違和感が強い。仮説2も概ね支持。

• ロックバンドはアイドルのような疑似恋愛以外の楽しみ方があるからか。

研究2: ジェンダー越境的な職業

Q6 仮に以下のような状況になったとしたら、どれぐらい不安を感じますか？

• あなたの乗る飛行機のパイロットが女性（29歳）だったら

• 要介護のあなたの母を担当するヘルパーが男性（59歳）だったら

• あなたが利用するトイレを掃除する清掃員が男性（29歳）だったら

• 以下同様にしてシチュエーション、年齢の異なるヴィネットを 11 評価してもらった。

ジェンダー越境的な職業のヴィネットで設定した水準

• 年齢は 29歳と 59歳の2水準
• シチュエーションは以下の 11 水準: “あなたが昼食をとるレストランのコックが女性”,
  • “要介護のあなたの母を担当するヘルパーが男性”,
  • “自分の心臓の手術を担当する外科医が女性”,
  • “あなたが店で買う魚をとる漁師が女性”,
  • “あなたが入院したときに担当になる看護師が男性”,
  • “妊娠したあなたの親戚の女性を担当する助産師が男性”,
  • “あなたが普段利用するトイレを掃除する清掃員が男性”,
  • “あなたが普段利用するトイレを掃除する清掃員が女性”,
  • “日本の首相が女性”,
  • “あなたの卒論を指導する准教授が女性”
  • “あなたが役所に提出した書類を受理した事務員が男性”
  • “あなたの自動車を整備する工員が女性”
  • “あなたの乗る飛行機のパイロットが女性”
  • “あなたが買う洋服を縫製したのが男性”
  • “あなたの家に来ることになった家政婦（夫）が男性”
  • “あなたの家を作る大工が女性”

  • 各職業の女性比率（国勢調査 2020）

• 被評価者が女性の場合は、女性比が低いほど平均違和感が高く、男性の場合は女性比が高いほど（つまり男性比が低いほど）平均違和感が高くなるはずだが、
• 女性比が x の場合の女性に対する平均違和感よりも、男性比が x の場合の平均違和感のほうが高いと仮説2 から予測
• 男性評価者が感じる女性清掃員に対する違和感の平均よりも、女性評価者が感じる男性清掃員に対する違和感の平均のほうが大きいと仮説2 から予測

• 女性比は首相を 0、外科医を 0.082 に修正（出典: 2022医師・歯科医師・薬剤師統計）

被評価者の年齢による違和感の相違

在職者の性比とジェンダー越境的な職業への違和感

異性の清掃員への不安

ジェンダー越境的な職業への違和感まとめ

1. 年齢が高いほど違和感が増すわけではない。女性の場合むしろ年齢が高いほど不安感が減る傾向。年齢が高いと地位の高い男性的職業についても違和感がない、ということか
2. マイノリティ度が同じならば、男性のほうが若干不安感が高い。また男性清掃員のほうが女性清掃員よりも不安を感じられる

6 まとめと議論

1. 概ね男性による越境のほうが女性による越境より違和感が大きい。
2. 越境的な趣味への違和感は、趣味の担い手の年齢が上がるほど大きくなるが（10-25歳を除く）、越境的な職業への違和感は男性の場合年齢による差はなく、女性の場合はむしろ若いほうが違和感が大きい。
   • 男性が多い職業の社会経済的地位が高いせい？
   • 趣味と職業ではまったく違う判断がなされているようだ