解題

太郎丸 博

京都大学

「説明」って何?

  • シンポのタイトル聞いて因果推論の話かと思ったら違ってた
  • しかし、この場合の「説明」とは何かをはっきりさせないと議論は混乱
  • 特に断りの無い限り最近の因果推論の教科書通り反実仮想のことだという前提で話を進める
    • Grenger Causality とか lead to relation とか諸説あるけど
    • No causation without manipulation なら社会科学で説明なんて無理じゃん、みたいな話は無視

何の説明?

  • 地位達成モデルがやり玉に挙がっているが、資源量を操作できるなら、現職から得られる収入やライフスタイルなどの説明として成立する(実際には様々な困難があるが)
  • ここで説明しようとしているのは、収入やライフスタイルのバラツキではなく、社会構造の説明(地位達成モデルの推定結果を成立させるような社会の状態)
    • なぜ日本では正規雇用の平均賃金は非正規雇用の平均賃金よりも高いのか
    • なぜ日本では職種を統制しても男女の賃金格差があれほど大きいのか
  • 地位達成モデルの途中に媒介変数(例えば職業アスピレーション)を挿入する、みたいなのは社会構造の説明とはみなさない

社会構造をどう説明する?

  • 国際比較や時代間比較、組織間比較
    • もしも日本が欧米のようなヨコ社会だったら、欧米なみに職業の賃金に対する効果があっただろう
    • もしも子供の頃に貧困等の窮状を見ていたら、もっと物質主義的な価値観を若者たちは持っていただろう
    • もしも経営者や株主の権力が強く、正社員の権力が弱い企業だったら、正規雇用と非正規雇用の賃金格差は小さくなっただろう。
  • ある制度や慣行が成立していったプロセスを記述(lead to 型の説明)

ユニットって次元のこと?

  • 安田 and 原 (1982) は仕事には、職業、従業上の地位、産業、企業規模、という4つの次元があると言っているが、複雑性、自律性、タスクのレベルなど職業以外の次元(職業ではなく、就業者一人一人に割り当てられる)はいろいろ
  • 有田・永吉のいう「ユニット」は 安田 and 原 (1982) の次元と同じ?

そもそも階級は職業分類だけでは作れない

  • Marx and Engels (1848) にとって、資本家とは生産手段=資本の所有者なので、無職でも資本家たりうる
  • 同様に SSM新総合8分類 (安田 and 原 1982)Wright (1997) の階級分類も(EGP class schema も自営かどうかの情報が必要)職業だけでは分類できない
  • 職業重視派は国際的には主流かもしれないが、職業以外に注目する人たちは昔からたくさんいる

制度史的アプローチの意義

  • 賃金は市場のメカニズムだけで決まるわけではない
  • 公務員の給与のように法令でほぼ決まる場合も(京大:人事院勧告、ヘルパー:介護報酬改定、産業別最低賃金)
  • 労働組合の影響力が強ければ、組合の運動方針、戦略なども重要
  • 企業側の裁量権が大きければ、株主の影響力やビジネスモデルなども影響
  • コーポラティズムのような仕組みがあれば、企業間の賃金格差は小さく
  • これらの制度の形成プロセスを知ることは、階層構造の成り立ちを知ること

lead to 型の「説明」の困難

Abell (1987) では、いくつかのイベントのあいだに lead to 関係 \(\rightarrow\) があり、その連なりの総体(パス解析のようにパスは分岐したり合流したりしてよい)を記述することが説明とみなされる。制度の歴史の記述を「説明」とみなす場合、だいたいこのような理屈ではないかと思う \[ X_1 \rightarrow X_2 \rightarrow X_3 \rightarrow \cdots \rightarrow \mathrm{ある構造の成立} \] ただ、実際の分析では \(X_1\) のあとに \(X_2\) が起きたことは明白でも、両者の間に lead to 関係があるのか判然としない(そもそも lead to 関係の定義があいまい)ため、説得力が弱い

そのため、歴史的な研究は「説明」に関して禁欲的な場合が多い

なぜ組織研究はマイナーか?

  • 東大や京大の社会学研究室が文学研究科の中にあるから?
  • 自前で事業所調査をするノウハウがない
  • JILPT の二次データの利用申請が面倒
  • ほかにもっと無難な枠組みがあるから
  • ベテランは手慣れた枠組みに安住し、若手は事業所調査データを使った研究を知らない
  • かわいそうな人たちに寄り添うのが正義だから
  • 組織を研究することはネオリベに屈することだから

どうすれば組織研究はメジャーになるか?

  • 地位達成モデルや対数線形モデルを使った移動の趨勢分析みたいに、マネしやすい範例=パラダイム (Kuhn 1970) を宣伝するのが一番いいのでは
  • 非正規雇用を多くの社会学者が考慮するようになったのは、たぶん、独立変数に非正規ダミーを投入するだけでよいから(しかも、職業よりもいろいろな変数と関連する)

文献

Abell, Peter. 1987. The Syntax of Social Life: The Theory and Method of Comparative Narratives. Clarendon Press.
Kuhn, Thomas S. 1970. The Structure of Scientific Revolutions. University of Chicago Press.
Marx, Karl, and Friedrich Engels. 1848. Communist Manifesto.
Wright, Erik Olin. 1997. Class Counts: Comparative Studies in Class Analysis. Cambridge: Cambridge University Press.
安田三郎, and 原純輔. 1982. 社会調査ハンドブック. 3. 有斐閣.
郭雲蔚. 2016. 労働組合と非正規労働者: パートの比率に着目する.” 京都社会学年報 : KJS 24:163–77.
郭雲蔚. 2017. “職場における非正規労働者の存在と正規労働者の雇用安定満足度.” ソシオロジ 62(1):97–113. doi: 10.14959/soshioroji.62.1_97.
郭雲蔚. 2019. “低水準の均衡: 職場における非正規雇用の存在と労働者全体の処遇水準.” フォーラム現代社会学 18(0):45–59. doi: 10.20791/ksr.18.0_45.